「あったらいいかなくらい」のものに、親は何年も注ぎ込めるか——絶対音感の地道なトレーニングを振り返って

娘は、絶対音感がある。

いわゆる自然に身についた「天然物」ではなく、親が意図的にトレーニングを重ねた「養殖物」だ。

はじまりは、よくある親の憧れだった。
今思えば、完全に「産後ハイ」だったのだと思う。自分が持っていない才能だからこそ、「幼いうちに始めれば身につくもの」として、なんとしても娘に授けてあげたいと必死だった。

世間にあふれる「幼児期に身につく魔法のメソッド」や「天才キッズ」といった輝かしい言葉に惹かれ、娘がまだ赤ちゃんの頃、専門の教室で絶対音感のトレーニングを始めた。

けれど、いざ始めて突きつけられたのは、魔法でもなんでもない、徹底的に地道な「耳トレの反復」という現実だった。

目次

1日3回の反復と、「よくやったな」という思い

トレーニングの内容は、毎日3回、欠かさず音を聞かせるという極めてシンプルなもの。

けれど、相手は小さな子どもだ。機嫌のいい日ばかりではないし、聴きたがらない日も、集中できない日もある。なだめすかしながら、なんとか機嫌を取ってピアノや音源を鳴らす。

それを1日3回、何年間も続けるのだ。親の側の根気とエネルギーの消耗は、並大抵のものではなかった。周囲の親御さんが途中で諦めて脱落していく気持ちも、痛いほどよくわかった。

今振り返ると、「なんであんなに頑張れたんだろう。今思い出すとちょっとこわいな」と自分でも不思議に思うほどの熱量を注ぎ込んでいた。

もちろん、本人が本当に嫌だったら途中で逃げ出していただろうし、娘の気質にもどこか合っていたのだと思う。それでも、親主導の早期教育として駆け抜けたあの日々は、なかなかに濃密で、少し狂気じみた時間でもあった。

「あったらいいかなくらい」の能力と、それぞれのグラデーション

絶対音感と一口に言っても、トレーニングを積んだからといって全員が同じように身につくわけではない。

日常のあらゆる生活音まで細かな音階として聞き取れる人もいれば、娘のように「白鍵の音はしっかり聴き取れるけれど、黒鍵の音はかなり集中しないと難しい」というグラデーションもある。

そもそも、演奏家やプロの道に進むのでなければ、絶対音感は音楽を楽しむために必須の能力というわけでもない。

極論を言えば、「あったらいいかなくらい」のものだ。

けれど、「あったらいいかなくらい」のものに対して、親は何年も向き合い、膨大な時間とエネルギーをつぎ込めるのか。

その問いに対する答えは、年月が経った今、少し違う形で胸の中に残っている。

人生に音楽があることの豊かさ

通っていた教室では、

「人生に音楽があることで、人生そのものが豊かになる」

と繰り返し伝えられていた。

その言葉の意味が、中学生になった今、ようやく実感として腑に落ちてきている。

プロを目指すわけではないけれど、今も娘はピアノを弾き、音楽を聴いている。

時々、娘がふと
「ここで盛り上がるんだよね」
「ここで転調するんだ」
と曲の構成について話してくれることがある。

正直なところ、専門的なことは親の私にはよくわからない。

厳密に言えば、絶対音感そのものと「曲の構造を楽しむこと」は別の感覚なのかもしれない。

けれど、幼い頃から毎日集中して音の響きに耳を澄ませてきたあの膨大な時間が、彼女の中に「音の重なりや変化を立体的に味わう耳」を育てたのは確かだと思う。

学校に行けず、家の中で過ごす時間が多い今の状況にあっても、彼女の内側には親の理解を超えて豊かに音楽を受け取る世界がある。

親の自己満足、そして心に残ったもの

あの何年間は、幼い娘と真正面から濃密に向き合うことができた、かけがえのない時間だった。

親のエゴや自己満足だったのかもしれないし、必死すぎた過去の自分を思い出すと少し苦笑いしてしまうけれど、あれは間違いなく「やってよかった」と思える経験だ。

色々と立ち止まることが多い今の状況の中で、ふとあの頃の地道な日々を思い出し、なんだか少しあたたかく、幸せな気持ちになった。

親が必死に手渡そうとしたものは、特別な才能というよりも、
「これからの長い人生を、音楽とともに少し豊かに味わって生きていくための土台」
だったのだと思う。

目次