9月、二学期の始まり。パソコンを開いてないけれど。
9月に入り、世間では新学期が始まった。
N中等部でも二学期のプログラムがスタートしている。

N中が始まって少しした後にリビングを覗く。
パソコンの画面を開いていなかった。
「あれ?」と思うも、気づかないふりをする。
娘がうっかり忘れている可能性もあるのだが、
自分で気づいて欲しい、もし失念していたのだとしたら自分でカバーして欲しい、と思うから。
それに、親が「始まったよ」「入らないの?」と声をかけたところで、
本人求めていなければ、すねて部屋にこもって終わり。
何の意味もないことを知っているからだ。
そのまま口を出さずに見守り、30分後、再度リビングへ行ってみた。
すると、パソコンを開いてちゃんと参加していた。
遅れて自分で気づいたのかもしれない。
けれど、親が急かさなくても自分で気づいてカバーできたのだから、
それで十分、やっていてよかったと胸をなでおろした。
ただ、画面に向かってはいるものの、
夏休みが明けて気持ちを新たに熱心に取り組んでいる……
という雰囲気とは少し違う。
「アクセスすること自体」が娘にとっては今も高いハードルであり、
日常の中で優先度の高い関心事というわけではないのだと感じる。
全国の親御さんに言いたい。
N中が響いていない、という状況をもし知りたければ、うちの娘の状況が良い例だと思う。
「やめたくない」けれど、楽しいわけでもない
では、なぜ今もN中に籍を置き続けているのか。
理由はシンプルで、娘自身が「やめたくない」と言ったからだ。
ログインしたとしても、画面をつなぎっぱなしにして別のことをしている「ながら聞き」の日も多い。
楽しそうに前のめりで参加しているわけでもないし、自分から積極的に仲間と交流するわけでもない。
N中では、月ごとに自分で目標を決めて、TA(ティーチングアシスタント)さんとの面談で話し合うという機会が2〜3ヶ月に1回ほどのペースである。
そうやって自主性を育み、目標に向かって達成していくプロセスを学ぶ仕組みなのだと思う。
けれど娘は、その目標設定すら自分で1回もやったことがない。
スケジュールを立てることも、課題を計画的に提出することも、
今の娘にはできる状態ではないのだ。
まだその元気がないからかもしれないし、合わないからかもしれない。
N中って不登校の子でも、
やっと楽しい学校に出会えた、とキラキラと目を輝かせてやるものだと思っていたんだけれど、
うちの子にはそうじゃなかったらしい。
今までの習い事や学習で合ったなと思うのは、
ピアノと幼児教室くらいじゃないだろうか。
それでもN中を「やめない」と言うのは、何かを学びたいからではなく、
「どこにも所属していない自分」になってしまうのが不安だからなのだろう。
社会や学校から完全に切り離されることへの怖さを、「N中の生徒である」という名札だけで保っているのだと思う。
そのためだけに毎月の学費を払う、というのもどうなのかと思うのだが、
娘の「安心料」だと思えば、必要な出費なのかもしれない。
だから私は、無理に自主性や前向きさを求めず、
ただ本人の「所属していたい」という気持ちのためだけに契約を続けている。
(本音を言うと、学費分NISAに入れたい…!)
そんな状態のまま、8月末には『N高への内部優先進学枠』の締め切りが迫っていた。
通信制高校という切符を前に、わが家が下した決断については、次の記事で書こうと思います。

